History

機石荘 名前の由来

    

昭和の初期

芸術を愛した故伊藤新左衛門の元にはたくさんの芸術家や文学者が集まりました。
緑の庭はゆっくりととのえられ、その様子を作庭家重盛三玲氏も見守ったという話です。
そんな中この庭をとりわけ愛し足繁く訪れた尾張の漢詩人服部坦風氏が庭に点在するたくさんの石を、そして庭に集まる人々を天の川に輝く美しい星にみたて『機石荘』と銘をくださいました。
     

国の指定文化財

茶席水鶏庵、座敷機石荘、築地塀のほか3棟が平成21年4月28日付けで登録されました。
      

茶席水鶏庵

寄棟造銅板葺。現在の弥富市松名地主佐野家から譲りうけたもの。
松尾芭蕉最後の行脚の際の句「水鶏鳴と人の云えばや佐屋泊」から銘をとったと言われています。

正門・築地塀

桟瓦葺の薬医門に袖塀。築地塀は粘土と瓦を交互に積み重ねた練塀で瓦屋根をつけています。